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2011年03月 アーカイブ

2011年03月30日

暗黒時代について

具体的には、古代ギリシア文明または中世ヨーロッパでのある時代を指して呼ぶことが多い。また、文明全体に及ぶ大きな事象でなくても、特定の芸術・技術・文化などが弾圧を受けたり、革新者の不在などの理由で停滞した時期を指して、暗黒時代と呼ぶこともある。

日本においては、社会以外にも企業・団体・集団の業績・状態が極端に落ち込んだ時期や、スポーツチームの成績が極端に低迷した時期を指して使われることも多い。その他、地方自治などの場では、知事などの首長を野党側政治家が批判する際に暗黒時代という表現を用いることが少なからず見られる。

古代ギリシアの暗黒時代は紀元前1200年ごろのトロイア戦争終結から数世紀間の、古代ギリシア文化の停滞期をいう。

伝承によれば、トロイア戦争時に王侯らがみな出征したまま10年間帰らなかったため、国土は荒廃し、弱小な権力者が林立する事態となって、戦争勝利後も王侯らの暗殺などが相次ぎ、当時の文明そのものが崩壊したという。

歴史的には、口承によるギリシア神話の時代が終わり、文字による歴史の記述(ミュトスからロゴスへ)が始まる直前の時代であり、ミュケナイ文明の崩壊期にあたる。

ヨーロッパにおいては、西ローマ帝国滅亡後、ルネサンスの前までの中世を指して暗黒時代とも言われる。ルネサンス初期の人文主義者・ペトラルカが古典古代の失われた時代を "tenebrae"(ラテン語で闇)と呼んだのが「中世=暗黒時代」観の始まりとされる。ルネサンス期の見方では、中世は古代ギリシア・古代ローマの偉大な文化が衰退し、蛮族(主にゲルマン人)の支配する停滞した時代とされ、啓蒙主義の進歩史観のもとでも中世は停滞した時代と考えられてきた。「暗黒時代」という概念は、イギリスの文芸評論家ケア(William Paton Ker)が1904年に著した "The dark ages" により一般にも広まった。

だが、イタリア・ルネサンス以前の時代にも古代文化の復興運動(フランク王国9世紀の「カロリング朝ルネサンス」、東ローマ帝国10世紀の「マケドニア朝ルネサンス」、同帝国末期の「パレオロゴス朝ルネサンス」、西ヨーロッパの「12世紀ルネサンス」などが挙げられる。)が存在しており、今は「中世ヨーロッパ=暗黒時代(文化的に停滞した時代)」という見方は否定されている。現在では、1000年頃までの中世初期を暗黒時代と呼ぶことが多いが、それもまた一面的であるとの批判もある。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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